地域のために震災復興事業の紹介記念誌「阪神・淡路大震災の記録」映画「ありがとう」映画「ありがとう」 記念誌「阪神・淡路大震災の記録−鎮魂と復興の願いを込めて−」
     
 
  13章 『あの日』を忘れない
小林 文雄 
 
         
 

○ [天地を揺るがした瞬時、マグニチュード7.3]
 1月17日午前5時46分、天地を揺るがした大地震の発生時刻である。この時間については後の地震情報の発表で知らされたものであり、私は前日の法要の宴でよばれた酒の酔いと夢心地で熟睡していた。

 「ドドドーンードカン」もの凄い音と共に、その一瞬、寝床とそのまま2メートル余り上にもちあげられた。バリッ、バリーツ、ガラガラ……そんな音が瞬時に頭に残ったが、あとは何が起こったのか気を失っていた。

 どの位の時間かも、今でも解らない。フト気がつくと、目は開かない。口には何か入っている。頭がモウロウとしている。しかし何かが起こった。気持ちをしっかりしろと自分に言い聞かせながら確認しようと体を動かしにかかった。

 右手ききのことから、自然に右手を動かそうとしたが全然動かない。おかしい……左手を動かしにかかった。何かで押さえられているが少し動いた。木で押さえられていたが幸い押し払うことが出来た。まず顔の上の土を払い、口の中に入ったゴミを吐いた。目を開けようにもなかなか空ける事が出来なかった。とにかく左手で状況を確認する。

 左手のとどく範囲は、折れ伏した柱、板、壁につかっている竹材の様である。頭に手をやると柱が交錯している様子。屋根瓦も手に当たる。

 内心ドキッと胸がつまる。気は確かか、確かかと正気を戻す。右手を動かすにも動けない、木に押さえられ打撲である。

 しかし何とかしなくてはと、動く範囲に努力する……。やっと右手が抜け動ける。骨折はまぬがれた。

 周囲まっ暗である。この出来事はまた何だろう……。惨状の中にもそんな想いが頭をよぎった。平穏な日本に何が起こったのか。当時ミサイルによる核戦争のたぐいがテレビ、新聞等で人類の脅威、地球の破滅をひんぱんに論じていた。丁度北朝鮮のミサイル攻撃による話題であった。

 もしかすると……起こってはならないことの大事件が……そんな想いが脳裏を走ったことである。(後に作家の藤本義一氏が講演でもその感を話している)

 何分か後に大きな揺れがあった。今まで体験したことのない地震である。今から思えば震度4-5程ではないか、倒壊しているすべてがその揺れでバリッ、バリッと音がするではないか、物が更に落下するではないか……アッ……これは地震による倒壊だ……と正気で直感した。

 私の体はまだ動かない、左手でお腹の上に手を這わす。土の固まりや板が乗っている。思わず息を呑む。まっ暗で手探りである。

 体の右側に寺の屋根の太い上棟の元がピッタリとついているではないか。体の厚さの2〜3倍の太さである。倒れて体に寄ったのか、体が上棟に寄ったのか、直接身に受けたら即刻この命は絶たれている……生唾を呑み込むと同時に冷汗を額に、背筋に出るのを覚えた。

 とにかく早く外に出て、共に泊まった兄姉を確認せねば……そんな気がはやるがどうにも動けない。

 下半身を動かそうとしても動かない。倒れた木に押さえられ、打撲である。両手で確認し、それを押し除けようにも動けない。腰に足に太い木々が乗っかかっている。 ……どうにもならない。

 腰をやられている。両足を引き寄せようとしても動かない。何もできない、一瞬地獄に突き放された失望と落胆の境地であった。

 しかし、何とか何とか、ふと、両足の親指が動く感触がある。……動いてくれ、そんな一念が通じ「動く、動く」骨折は、していても神経は切断されていない。このよろこびが一挙にこみあげる。

 「助かった、助けられた」神佛のお蔭、宿命とはこのことか、言葉では表現できない。

 臥されたままの状態である。前後対応を考え大きな声でやっと助けを求めた。「等さん兄さん……橋本さん兄さん……」和子姉さんから返事が返った。確かに和子さん、横に居た筈が自分の足元に近い瓦礫の間からの元気な返事である。「和子さん元気を出して……大丈夫かな元気を出して」の勇気づけである。

 何か声がした。私の足元から3〜4メートル位であろうか。等兄さんの助けを求める声である。「助けて……助けて……」次第に声が小さく細くなってゆく。「兄さんしっかりしなよ、助けにくるからなぁ」何回か励ますが兄の声は途絶えていった。

 自分は気が確かであるが、どうする事も出来ない。

 暗闇の中で、上向きに臥された状態である。ふと薄暗い夜明けの空ではないか、屋根瓦が落ち40〜50センチ空いた神戸の朝であった。

 その時間を想定すれば1月の中旬のことから午前6時30分位であったろうか。その空いた夜空に一点の星を見つけた。……「明けの明星」である。それは地獄と化した地震の様とは無関係な大宇宙の自然の輝きであった。苦痛のなかで何とか助かると判断した。

 ・千年に一度の遭遇M7・3

 
 

 
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