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  7章 阪神大震災に想うこと
善本 貞夫 
 
         
   今年の成人式の行われた高松、高知、埼玉で新成人の妨害行為が多発している。彼等は一体何を思ってこのような暴挙に走るのだろうか。

 彼等の成人式の不可解な行動を見るとき私は六年前の阪神大震災発生後の同じ若者が行ったボランアィア活動を思い出す。

 6年前の大震災時、私達神戸市民は筆舌にし難い辛苦を経験した。

 地面は寸断され、周囲の殆どの家屋は倒壊し、長田区の南部一帯は火の海と化した。私の家は新築後六年の比較的新しい構造からか倒壊は免れた。しかし1月17日の深夜に聞いた携帯ラジオの実姉、義兄の死亡報道。震災前夜に賑やかに行った実父の7回忌に高松、飯山に住む実姉夫婦も来神して参加。その翌日未明に残酷にもそれぞれの夫婦より一方は夫を、片方は妻の命を奪ってしまった。残されたそれぞれの連れ合いはガレキの中より救出された。

 今は亡夫、亡妻の霊を弔いつつ寂しい毎日をおくっている。ここで非常に自分勝手な荒っぽい言い方であるが、彼等が悲しい、辛い大震災の過去をずっとこの先も引きずることなく、新しい彼等の人生を文字通り生まれ変わったものとして、気持ちの転換を図ることが必要と考える。勿論大震災を風化させてはならないが、それは私達比較的、心の被害の軽かった者が折りに触れて伝承すればよいと思う。彼等には21世紀にチャレンジする新たな心構えで充実した明るい余生をおくってもらいたい。

 何にも形容し難い心痛と誰にも言えない怒り、そして終戦後そのもののガレキと化した街の姿。

 打ちひしがれた震災直後の数日を余震と暗闇の恐怖の中で家族皆で過ごした。2―3日後自衛隊、その他他府県より救援隊が到着するようになり、飲料水、食料品が配布されるようになった。その時見た避難場所で救難活動に邁進する若者の男女。彼等をボランティア活動に奉仕させる原動力は一体何であろうか。彼等自身、内に存在する純粋な奉仕精神か、それとも何かしなければならないと思う若者のバイタリティか。

 そして今見る成人式で荒れる同じ若者。暴徒化するこれら若者を6年前の被災現場にタイムスリップし当時の現場に連れて行げば彼等はどのような行動を取ったであろうか。

 究極の状況のなかで人間の取る行動、対応は当然のこととして、飽食、富欲な物資の環境に慣れ尽くされた者とは異なるものであろう。しかし暴徒化する者はそのような劣悪な環暁に遭遇しても、不平、不満を依然として抱き、何もしないに違いないと思うのは私の一方的な思い込みだろうか。

 自分の思いのままにならない不平、不満を権力のある者にぶつける心理はそれこそ愚の骨頂と言える。震災時に運よく難を免れ生き延びた者がその恩恵に感謝して奉仕活動に邁進する。現状を努力することもなく、ただ理由もなく何かを恨み、すねて暴挙にはしる者。この両者の間には宇宙以上の差がある。大震災時に受けた人の心の温かさを、融和を問題の新成人が少しでも持ち合わせたら、いま少し進歩した人間形成が作られたに違いない。

 大震災時ボランティア活動の人たちと同じく私達一族は高松にすむ親族に大変なお世話になった。義兄、実姉の遺体を引き取るために道なき道を遠く車を駆りかけつけてくれた従兄弟達。6年経過した今もこの従兄弟達の与えてくれた恩情ある行為は、それは益々倍加された私達兄弟の心の奥深くにしみこんでいる。高松と神戸がもし逆の出来事であったなら私達兄弟は同じような行動を取っていたであろうか。自信をもって回答できない。

 それほど鮮明に刻み込まれている。このような素晴らしい親戚を持っていることを誇りに思うし、また大切にしなければならない。

 無くしたもの、失うものが多すぎた大震災であったが何よりも人の心の優しさ、心の融和、心の団結を教えてくれた。例えそれが一過性の厚意であっても"心の和"は貴重な財産として我が生涯に永久に残り続ける。

平成13年3月17日
神戸三宮の震災犠牲者の慰霊碑の前で

 新成人の妨害行為とボランティア活動に励む同じ着者。この違いは心の優しさを知る者と、知らない者の違いであるならこれを教え諭す周囲の学校、家庭、会社等の環境整備が肝要と痛感する。

 最後になったが阪神大震災で非業の犠牲者となった義兄横井等、実姉、橋本弘子に私達兄弟、親族一同より心から哀悼の意をささげる。彼等の死を生き延びた我等はその重みを充分に悟り、今日の幸せのあることに感謝しなければならない。

以 上 

 
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